お題:「侵略」
という要素を含むショートストーリーを回答してください。
初心者のかたも歓迎です。
・本文やタイトルに直接キーワードを使う縛りはありません。
・〆切前の加筆・修正はご自由になさってください。大幅に変えた場合はコメント欄などで通知してくださるとありがたいです。
・字数制限は設けません。読みやすく、内容に見合った長さにしてください。
・私個人の好みを前面に押し出した感想(場合によっては講評っぽい何か)を書きます。そんなのいらん、という場合はあらかじめおっしゃってください。
〆切:2017/10/2(月)の予定。
『すべてがNになる』
はじまりはバスだった。
9月1日。その朝も僕はいつも通り、駅へと向かうバスを待っていた。1学期までと同じ時間に到着したそのバスは、1学期までと同じ青色をしていた。これからまた、1学期と同じ単調な往復が始まる。
でもそのバスは1学期までとはすこし違う形をしていた。最初は、ラッピングカーか何かなのだと思った。
乗り込んでみて、その違いに気がついた。乗車口の横に、見慣れぬ猫のキャラクターのプリント。
僕の前に並んでいたサラリーマンは、慣れた手つきでスマホをその猫の額にかざした。
「ニャオン!」
という間抜けな音が車内にこだました。なんと、それがあれば乗車券も定期券をいらないらしい。
さらに驚きなのは、びっくりしていたのは僕だけだということだった。
夏休み、僕がひきこもっている間にも、この世界は変化していた。
* *
「ってわけよ! 最先端じゃね?」
部室での僕の熱弁を、シマネは「去年からあるじゃん」と一蹴した。どうやら都会の方だと、ずっと前から普及していたらしい。全然知らなかった。
シマネコウダイは僕と同じクラスで同じ部活。高校生活を生き抜くために、切れ者の友だちは実にありがたい。
僕はシマネのルーターのWi-Fiに勝手に乗って、ニャオンアプリを検索してみた。すると簡単に見つかった。レビューを見てみる。☆2.7。
「電車に乗ろうと思ったら残高不足でエラーとか恥かいた」
「俺のスマホに対応してない。最悪」
「使ってないのにお金が抜かれる。だから中韓アプリは危険」
なるほど、って僕は思った。だいたライフラインたるアプリはレビューの評判が悪いものなのだ(ここなどを参照)。予感は確信に変わった。
これは最高のアプリだ。
インストールもすぐだったし、シマネに教わった設定も大したことなくて、あとは帰りのバスで試してみるばかりとなった。
バスに並ぶ列。みんなスマホをいじったり、イヤホンで何かを聴いていたりする。この中で、今日からニャオンを使える選ばれし者は、この僕だけなのだ。神様がひとりひとりの属性をデータベースで管理しているとしたら、今日僕のニャオンのマスはNOからYESに変わったのだ。そう思うと行きの自分よりも3cmぐらい身長が伸びた気がした。
時間通りにバスはやってきて、僕は入口の猫ステッカーにスマホをかざした。
「ニャオン!」
こうして僕のスマホにも、電子マネー「ニャオン」が上陸したのだ。
それからはあっという間だった。9月半ばまでの間に、ほとんどの住民はニャオンでバスに乗車するようになった。バスに乗って隣町の駅まで出ないことには、この街からはどこへも行けないのだ。バスはつまりライフラインのひとつだった。
そのライフラインの中に、ニャオンという新しいメンバーが加わった、ということだ。
やったぜ。まどかに自慢しよ。
* *
「なあ、ニャオンって知ってるか? 今めっちゃ流行ってるんだぜ」
僕がいくら熱弁しても、まどかはスマホから顔も上げない。せっかくこの街からろくに出ることもないまどかに、世間の流行を教えて差し上げようとしているのに。
ところが画面を覗き見たらまどかはなんとニュースを英語で見ていた。まどかは画面から目を離さないまま言った。
「知ってるよ。ママがパートしてるお弁当屋さんでも使えるし」
「そ、そうなの?」
公民館の吹き抜けに、僕の声が変に響いた。世間知らずはこっちの方だった。
「バスでも電車でも使えるし、駅前ならゲーセンでも本屋さんでも、駅ビルに入ってるお店ならだいたい使えるよね」
「バスなら知ってるよ」
「バスだけかよ」
まどかは隣の家に住む中3。僕のいっこ下だ。
YESかNOかしかなくて、中途半端がないまどかは、勉強をすればちゃんと吸収するし、部活もずっとレギュラーらしい。
そんなまどかに僕が勉強を教えてあげることになってしまった流れはよくわからない。去年、僕がこの街から都会の方に出て高校に進学したのは珍しかったらしい。いつの間にか親たちの話が盛り上がって、土曜日の午後は僕がまどかの家庭教師ということになってしまっている。
だから今こうして公民館にいるわけなんだけど、ぶっちゃけまどかは僕より優秀だった。勝手に勉強するまどかに、僕が教えるようなことなんか正直あんまりない。
だからこうしていつもおしゃべりばっかりしている。しかしそれでも本人は構わないらしい。
「でもさー、なんでもニャオンになるとか、つまんないよねぇ」
ってまどかは言う。
「そんなことないっしょ。便利だよ、小銭出さなくて済むし、両替もいらないし、早いし」
「それぜんぶバスの話じゃん」
「バスでしか使ったことねぇんだよぅ」
「現金はいいよ~。無駄遣いしなくていいし、ちゃんと持っておけば消えたり盗られたりしないし」
「ニャオンだって盗られたりしないでしょ」
「ほんと? あたし信じない」
「そんなことより勉強、勉強」
「どっちが話ふってきたんだか」
そう言いつつも、ちゃんと数学のワークを開くまどか、家庭教師の生徒としては本当にいい。ラクだ。当たりだ。
家庭教師としては、って自分で言ってから、僕はなんだか急にわからなくなった。
自分とまどかの間に、他の「として」なんてない。
ないくせに。
* *
3年生が引退すると、部活は1年と2年だけになった。LINEでは「DK男子卓球部2017年[現役]」っていう新しいグループができて、今までおとなしかった2年生がはっきりと態度を変えるようになった。部の活動に関係ないような話も増えた。内輪の話もグルチャでたくさん届くようになって、スマホの通知欄が崩壊した。
金曜日の夜、眠ろうとしたとき、2年生の先輩からこんなLINEが届いた。
「ニャオンのコード、友だちに送るやりかた誰か知らん?」
ここでいう「誰か」っていうのは、要は1年生の誰か、ということだ。
「わかります!」
反応したのは、僕と同じ1年生のバリーだった。米屋の息子でわがままバディな体型だから最初はふざけてバリーと呼んでいたけど、今や本人がそれをLINEのスクリーンネームにしている。
「はよ!」っていうスタンプ。バリーは手順を割と手際よく説明していった。僕はそれを見守っていた。先輩やバリーの目線からは、たくさんの既読が増えていくのがリアタイで見えたに違いない。
誰がどう考えても、その手順でつまづくことなどないはずだった。ニャオンのコード送信など簡単なのだ。でも先輩は手こずっているようなリアクションをする。
「スクショ送って」
と先輩は言った。
その直後に、ニャオンのコードが書かれた画像が現れた。
あれっ?と僕は思った。またスマホが鳴った。今度はグルチャではない。シマネからのこちゃだった。
「これヤバくね」
とシマネ。
僕が返信に迷っている間に、シマネは手際よく、僕、シマネ、バリーの3人のグルチャを作った。特に仲良くはなかったけど、ここは同じ1年生同士だから、ってことらしい。
3人だけのグルチャで、シマネは言った。
シマネ:「バリー、ニャオンの残高教えて」
バリー:「えっと、516円」
シマネ:「最近ニャオン使った履歴出して」
バリー:「えっと、4分前。150円」
バリー:「あれ、やっぱおかしい」
シマネ:「バリーが部活のグルチャに上げたコードで、誰かが買い物したってことだ」
バリー:「まじで…」
バリー:「先輩…?」
シマネ:「先輩とは限らない。っていうか、たぶん誰だか突き止められないと思う。あのコードがあれば、誰でも買い物できるから」
バリー:「そうなのか…油断してた」
シマネ:「たぶん今回は、諦めるしかないと思う。次から、ちゃんと自衛して」
シマネ:「俺も、できることがあったら手伝うから」
自分「わかったけど、どうして150円しか使われなかったんだろう」
シマネ:「それはね、」
シマネ:「もし残高が足りなかったら、バリーに警告がいくから」
シマネ:「残高はふつうわかんないから、少額で試してみたんだろう」
シマネ:「それと、1000円を超えると決済音がニャニャオンになって、10000円を超えるとニャオーーンになるだろ」
シマネ:「たしかそれに応じて、段階的にセキュリティがかかるんだよな」
シマネ:「どの点でもその場でバレにくいのは1000円以下だった」
おとうさんロボット
おとうさんロボットは、ぼくのおとうさんが、作ったロボットです。
おとうさんは、お酒があんまりのめません。
なので、おとうさんロボットがかわりにのみます。
どうして、おとうさんロボットがひつようかというと、ジャージャーズバーのうりあげをかくほすることだといってました。
ジャージャーズバーは小さなおみせで、おきゃくが6人しかすわれません。
はんじょうしている時は、10にんぐらいはおきゃくがはいります。
おとうさんはジャージャーズバーのじょうれんでした。
自分でもお酒をのんで、ジャージャーズバーのマスターさんにもお酒をおごっていたのです。
ジャージャーズバーのうりあげの半分くらいはおとうさんのお金でした。
ジャージャーズバーのマスターさんは、江戸っ子みたいに、よいごしの金を持たないしゅぎなので、おとうさんは毎日毎日かよっていました。
とちゅうで、おとうさんはかんぞうをこわしました。
おとうさんはウーロンちゃをのみにジャージャーズバーにかよって、ジャージャーズバーのマスターにお酒をおごっていました。
マスターはつうふうというびょう気になって、あまりお酒をのめなくなりました。
そのぶん、おとうさんがマスターの分もお酒やウーロン茶をのんで売り上げをキープしようとがんばりましたが、かんぞうにつづいてすいぞうもだめになりかけて、ヤバくなりました。
なのでおとうさんはロボットを作ることにしました。
おとうさんロボットは、たくさんのお酒をのむことができます。
ないぞうタンクには10リットルのお酒をためることができ、一度のトイレでタンクを空にできて、またお酒がのめるようになるのです。
はじめ、10リットルを30びょうではいしゅつするようにちょうせいしていたのですが、それだとトイレがびちょびちょになったり、すごいごう音で、他のおきゃくさんのめいわくになるので今はかいぞうして、すこしずつはいしゅつするようにかいりょうされました。
どうしておとうさんはジャージャーズバーの売り上げを気にするかというと、ジャージャーズバーのマスターにお世話になったからなんだそうです。
おとうさんとおかあさんはジャージャーズバーがきっかけでけっこんしたそうです。
それもあってぼくが生れることができました。
なので、おかあさんもおとうさんがジャージャーズバーに毎日毎日かよっていてももんくは言いませんでした。
でも、いまは、おとうさんのかわりにおとうさんロボットがジャージャーズバーにかよってお酒をのんで売り上げにこうけんしているので、ぼくはおとうさんとおかあさんといっしょにばんごはんを食べて、テレビを見たりゲームをしたりして、楽しいからしあわせです。
ぼくはまだお酒はのめませんが、大人になったら、ジャージャーズバーでお酒をのんで、マスターにもお酒をいっぱいおごりたいと思っています。
まだぼくの中にあるタンクは小さいのでたくさん物を食べたりのんだりできませんが、20さいになったら大きいタンクにかいぞうしてもらいます。
202x年
政府の発令した健康促進のための飲酒量制限法により、キャバクラなどはその営業形態を様変わりさせていた。
キャバ嬢は、自分で酒を飲むことを控え、自分とそっくりの容姿のアンドロイドに酒を飲ませる。(これは、ひとりを指名したら二人ついてくるのと同等というお得感から、客側からはおおむね好評であった)
また、客側も酒を控えるか、あるいはドンペリなどを開ける時用に、自身を模したアンドロイドを同伴させるようになった。
それはキャバクラやホストクラブ、ガールズバーなどから巻き起こった現象であったが、やがてそれは町中の呑み屋へと拡散していった。
今では、呑み屋などの酒をメーンで取り扱っている店舗で飲んでいる客の実に8割が酒豪仕様にカスタマイズされたロボットなのだという。
回答一番乗りありがとうございます!
バーカウンターにいるロボット、ってとこから星新一の「ボッコちゃん」を連想して、なんだかノスタルジックな気分で読みました。
身代わりロボットに飲ませてまで酒を消費することで世の中が円滑に動いていく、というねじれっぷりが現代的で面白いです。
イレイサー
僕はひどく小さなカプセルの入った小箱を目の前にして、思考の迷路にはまり込んでいた。
人類がヒトの脳の完全シミュレートに成功して既に数十年。
当初は脳の障害や痴呆などの治療、つまりは医療目的で研究開発されていたニューロンネットワークを更新するナノマシン技術。
研究者以外でもその可能性に気付く者は多かった。もちろん、倫理的な問題から表面上は規制対象とされていたが、某国の研究者は国家的プロジェクトとして秘密裏に研究を進めていた。その研究材料となった多くの罪も無き貧しき国民の犠牲の上に、様々な用途で利用できるようになるまでに至った。
そして世界中の誰もが知っていることであるが、同じような研究を内密に推し進めていた国家は一国だけではなかった。
というよりも、ほとんどの国で国家規模、あるいはマフィアのような裏社会の組織規模で同時に研究が進んでいたのだ。
某国が非難の対象となったのは、その研究成果を売り出して外貨を得ようとしたことが漏えいしたからに過ぎない。買い手には事欠かなかったことが漏えいの大きな原因と言えよう。なぜなら通常の倫理観を持った国家であれば、一歩間違えれば廃人になる危険性のある人体実験を(それほど数多くは)行えなかったのだから。
ある程度の安全性が担保されるに至って、世界規模で研究は加速して行った。
ともかく、そんな歴史を経て今の世界が成り立っている。
新たな記憶や情報を埋め込むニューロンアップデータ。これにより、人は学ぶということを行う必要はなくなった。
生活習慣や概念をアップデートすることで健康的な暮らしが送れるようになる。例えば、ジョギングを日課としたり、食べ物の好みを変えることで食習慣も変えられる。
それまでと異なる神を信じることができるようになり、今までは宗教上の理由で結ばれることの無かったカップルがいたるところに生まれた。(もちろん、信仰と恋人を天秤にかけて熟慮した結果ではあるが)
かつては高額であり、また使用に対する恐怖や背徳感から使用者は一部に限られていたが、時代が経つにつれ、抵抗感は次第に薄まって行った。
誰しも、我が子の成績が悪ければ、教科書に記載されている情報や学力試験の要点をアップデートしたくなるものである。あるいは素行が悪ければ、人格矯正用のアップデータを。
上流階級の誰しもがアップデータを使用し始め、富を独占していく。
それに引きづられるように中流階級の者たちがアップデータを恐る恐る使用する。
あとはドミノ崩しのようであったという。
結婚相手として相応しい人格の持ち主はアップデータ使用者がほとんどとなり、就職試験で採用されるものもアップデータ使用者がほとんど。
未使用者は低能力者として差別されるに至る。各国の政府が貧困やその他諸々の対策として、無料でアップデータを配布するという暴挙に出たものの、それは肯定的に受け止められ、愚挙だと指摘するものはほとんどいなかった。
ある意味ではユートピアの誕生である。
各人の個性が失われ、刺激や愉しみが不足していると感じたならば、期間限定で個性や刺激を求めるアップデートを施せばよい。
さまざまな嗜好用のアップデータが販売される。
砂漠で三日もの間彷徨った疑似体験を植え付けられれば水道水がどれほど美味く感じられるか。体験したものにしかわからないその幸福感が、ランチ一食分程度の値段で購入できるのである。
さて、そんな中、ある風変わりなアップデータが開発された。
アップデータに関する記憶の一切を消去する、通称イレイサー。
それは記憶を消去するだけでなく、記憶をアップデートするという事に対する忌避感や背徳感までもを植え付ける機能を持っているために、イレイサーなどという名称は相応しくないのかもしれない。
あるいはアップデータが広まった後の歴史自体を消去するという意味合いが込められているのか。
「脳を作り変えるなんて馬鹿げたことは止めて。イレイサーを使って正気に戻って」
カレンが訴えかけてくる。
「馬鹿げたも何も、イレイサーだって本質的にはやっていることは同じだ」
僕は言い返したが堂々巡りであることには変わりない。
カレンは自身の脳が既にアップデータによって変革していることは理解しているが、実感していない。
彼女は、今現在――興味本位でイレイサーを使用した後――の自分こそが自然でそれ以外の人間の脳は異常だと考えている。
「でも、あなたはまたアップデータとやらを使用して自分を作り変えてしまうのよ」
「今更そんなことを気にしても始まらないさ」
「愛する人が人の理に反するようなもので変わってしまうのが嫌なのよ」
「アップデータは本当に必要な時にしか使わないことを約束してもダメなんだよね」
「もちろん」
「だけど、カレンの脳だって小さい頃から何度もアップデートされている。もはや自然に得た情報なんて日常生活の記憶しかないはずだ」
それだって、嫌な記憶は消去され、都合の良い記憶に置き換えられているのだろうけれど。
「でもこれからの私は間違いなく私で居続けられるわ。あなたと一緒ならどんな困難だって乗り越えられる」
「僕、じゃなくてイレイサーを使用後の僕という条件付きでだろう」
「もちろん」
再び僕はイレイサーの入った小箱に目を落した。
アップデータの使用には個人の意思決定が必要である。本人がそれを受け入れるという意思を持って使用しないと脳の改変が上手く行かないのである。また、それは洗脳などを回避するセーフティ装置の役割も持っていた。
寝ている間に勝手に使用して効果があるのならばカレンは無断で僕にイレイサーを使用するだろう。
そっちのほうが良かったのかもしれない。無駄に悩まずに済む。
幸いアップデータのおかげで僕の知識や思考力、これまでの人生経験は非の打ち所のないほどの立派なものになっている。
この先アップデートなしでも生きていくことぐらいは可能だろう。
だけれども、ショックを受けた時、どうやって立ち直ればよいのか思い出せない。
カレンを喧嘩してしまった時にどうやって仲直りすればよいのか。アップデータなしに。
それがまさに今の状況だ。
どうしてカレンはこんな厄介なものを使用してしまったんだ。
そもそも誰がこんなものを、何の目的で開発したんだ。
アップデータのおかげで世の中のほとんどが上手く行っているというのに。
この時の僕はまだ、イレイサーの存在を深刻な痴話喧嘩の火種ぐらいにしか考えていなかった。
そうじゃないということを知ったのはカレンを失って、さらにそれから数年経ってからのことになる。
二作目ありがとうございます!
これは続編がありそうですね。わくわく!
実際に体験して培った記憶と、プログラムで書き換えたそれとはどう違うのか、などとぐるぐる考えさせられました。
ここからいよいよ面白くなってきたな! というところでぷっつり終わっている感がハンパなく、続きをとっても期待してました。ちょっぴり残念。
終了予定日が近づいてまいりました。10/2(月)日没後に締め切ります。あと一週間です。
お題がよろしくないのか、日程がよろしくないのか、あまり作品が集まらなくて落胆しております。まだまだ回答&コメントを熱烈募集中です。よろしくお願いいたします。
隣の机で、恵子先生が悩んでいる。眉を寄せ、ちょっと上を向いた細い鼻と小ぶりの上唇との間にスリムなピンクの三色ボールペンを挟み、口を小さく尖がらせて、右手に頭を乗せ、左手の中指で机をトントントトンとリズムよく叩いている。緩くウエーヴのついたサラサラな髪は、時折かき混ぜる右手のせいで、後ろで止めているバナナクリップが外れかけ、少し絡み合いながら顔や肩にかかっている。僕は、これが恵子先生が生徒の事で悩んでいるサインと知ってるし、その姿が外が暗くなった職員室のカーテンの引かれていない窓ガラスに映っているのを、今眺めている。たぶん、その悩む姿は僕しか知らないはずだ。なぜなら、他の先生がいるときには、あの唇がとがっているのを見たことが無いからだ。
「恵子先生。また、なにか生徒がやらかしました?」
僕がいることに初めて気が付いたという様子で、急にきちんと座りなおすと、髪をかき上げて恵子先生はあわてて答える。
「い、いえ。悩んでいるわけではないんです」
「どうしました?」
「今日、国語の授業である単語に対する作文というか、印象というかをまとめるということをしていたんです」
「ええ」
「そこで、”侵略”って単語を取り上げたんです。10分ほど、なにも調べずにその言葉から連想する単語や文章を書かせたんです。これがそうなんですけど」
恵子先生は、クリップで止まったB5サイズの紙の束を見せてくれた。
「書いた後で、辞書を調べさせたら教室がざわついて」
「え、どうしてです?」
「自分の印象と違う。全然知ってる内容と、辞書の中身が違っていると」
「そうなんですか。あの金子や佐野綾香でもですか?」
「ええ、国語の成績が優秀な子も同じだったんです」
僕は大きく頷いて言った。
「”侵略”って、ほぼ戦争行為のことですよね。自国の利益のために他国の領土や主権や財産を奪い取るという」
恵子先生が、紙の束から僕に視線を移して、大きく頷いた。
「はい、そうです」
恵子先生は机の上の大辞林を開き、慣れた手つきで、細くて白い人差し指で侵略の項を示した。
「ここに、【侵略】ある国が他国の主権・領土・政治的独立を侵すために武力を行使すること。 ” 侵略者” ”他国の領土を侵略する”、と書いてあります。」
「そうですね、侵略とはこのことで間違いないと思います。」
恵子先生は、開いた大辞林の上に、さっきの紙の束を置いた。そして、右手で頬杖をつき、左手で紙の束を少しずつめくりながら、僕にこう言った。
「でも、生徒たちは、こうなんですよ。この、金子君の文章が象徴的なんです」
僕は、紙の束の一番上の一枚を受け取った。そこには、こう書かれていた。
『侵略とは、我々とは違う世界からやってきた我々とは違う者たちが、我々の世界を乗っ取り、我々を排除若しくは隷属させることである。違う世界とは、基本的には地球以外のことを指しており、侵略者は人類ではないエイリアンである。一般的な使い方は、「宇宙からの侵略者」である。すなわち侵略をあえて狭く定義するならば、別世界特に宇宙からの異星人による侵攻を侵略と呼ぶ。』
この文章の下に、ちょっと不器用な線で、タコ足のBEMが描かれている。ギザギザの歯と手?に持っているいくつもの武器の様な物が、いかにも侵略者である。その絵の下には、INVADERと赤く描かれている。
「なるほど、他の生徒も侵略者は人類ではない、という認識なのかな?」
「そうなの。だから、辞書にエイリアン的な説明が一切ないことに違和感を覚えたらしいの」
口調が砕けてきたことに、恵子先生は気づいていないらしい。僕は、そのことには触れずに、他の紙をめくってみた。確かに、異星人とか異世界人とか人類じゃない物が攻めてくる、地球を奪われるという記述ばかりだ。
「武本隆のここ、特徴的ですね」
「あ、それ?うん、そうそう」
マンガの様に描かれた宇宙人(たぶん映画”宇宙人ポール”のポール)と軍服を着たゴリラ(これは”猿の惑星”)が描かれている下に、それぞれ○と×が描かれているのを指して、僕はこう言った。
「猿の惑星は侵略じゃなくて、宇宙人がやってくると侵略。この宇宙人ポールなんて、不時着だったと思うんだけど侵略者扱いか。絵はうまいけど」
「どう教えたらいいのかしら。中国政府と「侵略」と「進出」でもめてる場合じゃないでしょ。侵略にしたら、我々日本人が異星人にならないと、この子たちには通じないんだから」
「元々の定義を知ったうえで、彼らなりの解釈をすることはよしとする、が妥当でしょう。中国に侵略が違和感だったら、金子君の「侵攻」がいい線ではないですか?」
「そうね、知ったうえで応用してほしいわねぇ。侵攻ならいいかもしれない。うん」
恵子先生は、紙の束の上にレポート用紙を重ねてはさみ、そこに「侵略」と「進出」と「侵攻」を書いて、侵攻に赤い丸を付け、真ん中に?を書いた。それを見ながらニッコリとほほ笑むと、机のわきのコーヒーカップを手に取った。
「あら冷えてる。先生にもコーヒー入れましょう」
と恵子先生は僕のコーヒーカップも持ち、職員室の隅にあるポットに向かった。
「濃いめのブラックでいいですか?」
「はい、よく御存じで」
「いえ、私が甘くてミルクたっぷりじゃないと飲めないお子様なので、大人だなぁっていつも思ってたんです」
僕はコーヒーを受け取りながら、こう言った。
「ありがとうございます。で、この侵略って単語ですけど、どうしてこういう印象なんでしょうね」
「あの子たちが受けとる情報が、”侵略”に関しては、映画とかマンガがほとんどだからではないでしょうか」
「侵略物って多いですよね」
「ええ、そう思います」
「僕はね、ウルトラセブンのせいだと思うんです」
「ウルトラセブンって、あのウルトラセブンですか?シュワッチって」
恵子先生は両手を十字に組み合わせて、スペシウム光線のポーズを取る。先生、それセブンじゃなくてウルトラマンだけど、かわいいからそのままにしておこう。
「ええ、そのウルトラセブンです。先生が生まれる前、ひょっとしたら先生のお父さんが小さいころに見ていたんじゃないかという古いテレビ番組です」
「あの、怪獣とかでてくるんでしょう?」
「そうですが、番組の根幹が”異世界からの侵略者との戦い”なんです」
「へええ、全部がなんですか?」
「ええ、ウルトラマンとは別の考え方で作られたんです。それも、今では考えられないくらい熱心に」
「先生、その、ウルトラセブンのファンなんですか?」
「一応、ファンというか、趣味というか、研究しているというか」
「え、研究ですか?すごいですね」
「い、いや、まあ、その非常に興味がありまして」
「ふううううん」
恵子先生は、興味深げに僕の顔を見つめた。と思うと、急に微笑んで、
「意外です。そうなんですか。ウルトラ…セブン」
「宇宙には、悪い宇宙人ばっかりで、地球はいつも狙われていると」
「ちょっと偏見じゃないでしょうか」
「そう。なんだけど。傑作揃いで、今見ても面白いんです」
恵子先生は、ちょっと面白くなさそうに、頰を膨らませている。
「でも、宇宙人が侵略者だって言うんでしょう」
僕は、恵子先生の顔を覗き込み、頭の上の外れかけているバナナクリップのあたりを、ポンポンと軽く叩いた。
「恵子先生、どうして侵略って言葉を生徒に書かせようと思ったんですか?」
「あの、ちょっと興味あるというか、気になるっていうか」
「僕は、侵略って言葉に興味があるっていうところに、興味がありますね」
恵子生生は、目を丸くして僕の方をじっと見ている。
「え、どういうこと」
「いや、侵略なんて言葉、特殊なSF映画を見たりしないと、気にならないんじゃないかなぁ、と思ったもんですからね」
恵子先生は、左に小首をかしげている。
「でも先生は、侵略って興味があったり研究したりしてるんでしょう?」
「でも、恵子先生がSF映画見るっていうのも、変な気がするんですけど」
恵子先生は、落ち着かない様子で机の上にあるコーヒーカップを持ち上げた。
「恵子先生、そのコーヒー、もう冷めちゃってますよね」僕は、恵子先生の横に置いてあるコーヒーカップに視線を投げた。恵子先生の手は、カップを持って行く途中で止まった。
「熱っ」
恵子先生はコーヒーカップを、手から落としてしまった。しかしコーヒーカップは、そのままますぐ机の上にゆっくりと降下し、コーヒーはこぼれなかった。それを見てにっこり笑う恵子先生に、僕も微笑みかけた。
「悪い宇宙人なんて、地球にやってこないですよねぇ」
恵子先生は机から立ち上がり、すっかり暗くなってしまった窓から外を眺めた。
「先生は、どうして地球に宇宙人がやってこないと思うんですか?」
僕も窓際に立って、夜空を眺めてこう言った。
「だって、地表に降り立つ必要なんて、ないじゃないですか」
「周回軌道から、観察するってことですか?」
恵子先生は、右手を上に上げて大きく左右に振っている。
「そう、周回軌道から観察用のプローブを降ろしたり、観測装置を着陸させたりするのが、普通だと思うんですよ。時には物好きな研究者が地表に降り立つこともあるでしょう。でも、乗っ取る目的で来ないとは思いますけどね」
「どうして?」
「だって、こんな平凡な星、そこいら中にあるじゃないですか」
恵子先生は窓から僕のほうに向き直り、僕の目をまっすぐに見つめた。僕も恵子先生をまっすぐに見つめ返した。
「ええ、ほんとに平凡な星だと思いますよ。住んでる人たちは宇宙には悪い宇宙人がたくさんいる、と思ってるみたいですけどね」
恵子先生はゆっくりと、僕に言った。
「先生は、いくつの星をご存知なんですか? 」
「結構たくさん知っている、で良いでしょうか。この星の住民が、ほとんど人畜無害って事は分かっているんですけどね、僕の経験則から」
僕は、恵子先生の大きな瞳を、しばらく見つめていた。
「まぁ、周回軌道から遠隔操作で調査をするっていうのも、わかります。わざわざ重力井戸の底に降り立つコストは高いですから。でも、調査としては手薄かもしれません。その希薄な情報から、地表の生物を全部焼き払うって判断するのも、問題かと思いますが」
恵子先生は僕の方に一歩踏み出して、こういった。
「先生は、どこまでご存知なんですか?」
「宇宙には、悪い宇宙人はいないって言う事ですよ。あえてアドバイスするなら」
僕は宇宙を指して言った。
「悪い宇宙人はいないという番組を作ったらどうですか?単純なここの人たちは、それで宇宙には友好的な生命体で溢れてると、思うようになるでしょう」
「その番組は、ウルトラセブンみたいな?」
「そう、センスオブワンダーに溢れた、楽しい作品でね」
恵子先生は、自分の椅子に座って、紙の束を手に取った。
「侵略って言葉が、この辞書の定義で違和感がなくなるのね」
僕も椅子に座り、頷いた。
「そうだと思います。それくらい影響力のある番組を作らないといけませんが」
と言いながら、紙束を熱心にめくっている恵子先生の頭の、バナナクリップを外した。
恵子先生は、紙束を持った姿勢のまま、机に倒れこんでしまった。そのまま、軽い寝息を立てている。僕の手元には、黒いバナナクリップがある。そのバナナクリップの輪郭が少しぼやけ、軽く振動した。僕は、こう思った。
「これは、ウルトラセブンみたいじゃないか」
すると、
(衛星軌道へ移動する兆候→他星系への汚染可能性→調査。有害認定→惑星表面→生命活動停止予定。最終調査中→情報受理→最終回答変更中)
という様な絵とも字ともいえない情報が、僕の頭の中に浮かび上がってきた。たぶん、目の前の振動しているバナナクリップから、何かが発せられているのだろう。
僕は、あえて声を出した。
「あなた方がどちらの星系からいらしたのか、僕は知りません。まあ、知りたいとも思いません。ただ、たまたま宇宙船の故障で近くに来たついでに様子を見て、妙に興味を持った星で。物好きなことに惑星表面まで降りたって調査していたところなので。こわされるとつまらないんです。僕みたいな半不時着者も侵略者って言いそうな、この星の人たちはちょっと危ないかも知れません。それに、悪い芽は早めに摘んだ方がいいと言うのにも賛成です。それに殲滅するのなんて簡単ですよね。今、僕にだってできます。でも、もうちょっと見てみたいんですよ。この星」
(そちらの情報量→充分。最終結論→延長。状況監視→そちらに依頼。)
「ありがとうございます。しっかり監視してますから、長い目で見てやってください」
(いつから→監視。)
「この星の時間単位で50年前からです。そうです、ウルトラセブンが始まったころです。見えない宇宙船がウルトラセブンに破壊された頃から、ずっと見てました。僕の宇宙船も基本見えないシステムですから」
(帰還する。頑張れ→諸星先生)
「ええ、続けますよ。このボランティア。誰も知らないんですけどね」
僕の手の上から、バナナクリップが消えて行った。上空をまわっている僕の宇宙船から、月軌道付近から大型の宇宙船が遠ざかっていくという情報がやってきた。さようなら、どこかの星からの侵略者さん。
僕は職員室を出ていくときに指をパチンと鳴らし、恵子先生が目覚めるのを確認して外に出た。
「さて、この学校でのボランティアも終了か。僕は、また他の街へ風来坊として、侵略者さんのプローヴを探しにいかないと。恵子先生さようなら。アンヌ隊員に似て可愛かったんだけどなぁ」
僕は、校門前から乗ったバスを、街を見下ろす丘の上で降りた。街を見下ろしながら、いつものセリフを、黄色いジャンパーを大きく振り回しながら、町に向かって投げかけた。
「宇宙人がなぜ地球上に来ないか、知ってるかぁぁぁぁ」
やまびこも帰ってこない。
「それはぁ」
「上から降りてくるのがめんどくさいからだぁぁぁぁ」
静寂を背に、僕は街を後にした。
卓袱台はありませんけどね
冒頭、人物&状況設定を説明がましくなく読み手に把握させる技量が素晴らしいです。
一方で、説明的文章が少ないために、私の読解力ではわかりにくい箇所もありました(なぜ突然カップが熱くなったのか、とか)。
折りしも10月1日はウルトラセブン放送50周年だそうですね。悪い宇宙人ばかりじゃない、夢のある番組をぜひつくってもらいたいです。
「ワレワレハ、ウチュウジンダ」
「はいこんばんは、どうした望月君」
「ワレワレハシンリャクシャダ」
「棒読みの上に、のどを叩いているから聞き取りにくいんだけど。それに、そのエコー付きヴォイスチャンジャーはなんだよ。喉叩かなくていいだろそれなら」
「だからぁ、宇宙人の侵略を表現してるんでしょ」
「をいをい、それで侵略できたら世話無いでしょ」
「この喉を叩きながら変な声を出して、ふつう使わない我々なんて単語と、眼が光って、髪の毛逆立つと、宇宙人にボディスナッチされて、侵略の手先になっていることが”お約束でわかって”くるわけでしょ」
「そんな奴、MIBには出てこないだろ。ハリウッドには通用しないんじゃね?」
「BTFでも、防護服とヘヴィメタのギターで宇宙人になってるじゃないか。脳を溶かすぞ!って」
「50年代だから通じるっていうシーンだろあれは」
「リソースが少ないんだから、自分からウチュウジンダって名乗るの。説明不要になるでしょ」
「望月君の舞台演出ってそうなの?少なくともそんな脚本書いてないけどなぁ」
「これは、もう歌舞伎と同じで、出てきた瞬間に土蜘蛛とか魑魅魍魎とか解る記号なの。ハリウッドだって、声にエコーがかかるじゃん」
「ね、望月君」
「ん?」
「もし、君が宇宙からの侵略者として、地球を標的にするのにどんな戦略を立てる?」
「まず、地球に来ます?そんな価値あるんスか?ここ」
「それは、人それぞれの事情があるだろうから、そこは考えない。ついでに、標的は地球。目的は地球表面で何か活動を行うために、自由に地球表面を移動できること」
「壊さないのね」
「そう。マイクロブラックホール落っことして”地球はすでに死んでいる”はダメ。惑星破壊砲で爆散もダメ」
「地球人や地球の生物から何かを得ようとか、隷属させようとかは?」
「知性化戦争みたいなのは考慮しないし、モノリスの異星人みたいに教育をしようともしない」
「だったら、3段階かな。探査機を投入して基礎調査が一段階。得られた情報から太陽か地球の周回軌道に来て調査が二段階。最も有効でコストのかからない”生物殲滅兵器”で地表の邪魔者を一掃。それから降り立つ」
「地球人には接触しないの?」
「するわけないでしょ。地表の生物の意見など聞かない。調査目的でもないし」
「だよな」
「あえて気にするならば、微細生物とか化学物質とかの綿密な調査だな。宇宙戦争じゃないけど、降り立った時に影響がでそう」
「そうなんだよなぁ。地表に降り立つのもコスト掛かるし、地球人に話しかけるのもわからない」
「見上げて、でかい宇宙船だなぁとみんなが感じるくらい”小さい宇宙船”を、各主要都市に配置する理由が分かんないし。洋上に超小型宇宙船一隻で降り立つってのもわかんないし」
「インディペンデンスデイとバトルシップね。あれでこっちが勝ったってのもわかんないんだよな。そんな小さな戦力で、遠い宇宙からやってくるかよ。本隊は別で、あの勝利ごときで地球の平和は保てない」
「ほら、宇宙戦艦ヤマトみたいに、単独艦でガミラスを滅ぼせると思うんじゃないスか」
「あんなことできるわけないのに。補給は?修理は?連絡は?工場やドック持参なの?めちゃくちゃだよねぇ」
「ザンボット3なんかどうです?」
「基本設定はいいところじゃない?個々の戦いは別として。まあ、コンピュータードールのナンバーが少なすぎる気はするけどねぇ」
「それと、生物に対して予告するってのも」
「地表の生物を排除するなら、地表の生物の意見など聞かず、なおさら地表に降り立つこともせずに絶滅させるわけでしょう」
「そうだな」
「生化学反応で生命維持している種族を対象としているので、適正な化学物質をばらまくのが効果的でしょう」
「酸化反応しやすい物質をばらまくか。還元金属粉とか、一酸化炭素とか」
「もう少し派手だと」
「反物質ばらまいて一瞬高温にするとか、ダイノソアキラーを落とすとか」
「ちょっと派手だからなさそうだなぁ。もっと地味だと」
「超強力な感染症をもたらす微生物を海に投げ込むとか」
「うわ、病気か。宇宙から病気もちこまれたら、いちころだよねぇ」
「地表では、筒井の”睡魔のいる夏”のように、予告なくポンと白い煙が上がるだけ。そして、いつの間にか死んでいく。そうなるんじゃないのかなぁ」
「まあ、我々は敵の姿はおろか、攻撃を受けたこともわからずに」
「滅亡する」
「映画にならないなぁ」
「なぜ、宇宙人は地球侵略に来ないのか」
「そりゃ来てないでしょ」
「来てれば」
「知らぬ間に滅亡してるし」
「まだ来てないだけだな」
「来る前に、今度の脚本直してくださいよ」
「侵略されるんだから、書かなくていいでしょ」
「宇宙人に知り合いでも?」
「ああ、さっきそこにいた気がする。ワレワレハウチュウジンダって言ってた」
「なんのことかなぁ」
後ろを振り向いた望月君の眼は、紫外線を撮影できる装置で見てみると、にぶく光っていた。
二作目ありがとうございます!
とても嬉しいです。
侵略についての考察&薀蓄もりだくさんで、楽しく読みました。
「実は人類こそが、惑星改造のために宇宙人が開発・投入した生物兵器で、人類が環境汚染だと思っている変化は、宇宙人にとって棲みやすくなってる」なんて妄想したり。
『すべてがNになる』
はじまりはバスだった。
9月1日。その朝も僕はいつも通り、駅へと向かうバスを待っていた。1学期までと同じ時間に到着したそのバスは、1学期までと同じ青色をしていた。これからまた、1学期と同じ単調な往復が始まる。
でもそのバスは1学期までとはすこし違う形をしていた。最初は、ラッピングカーか何かなのだと思った。
乗り込んでみて、その違いに気がついた。乗車口の横に、見慣れぬ猫のキャラクターのプリント。
僕の前に並んでいたサラリーマンは、慣れた手つきでスマホをその猫の額にかざした。
「ニャオン!」
という間抜けな音が車内にこだました。なんと、それがあれば乗車券も定期券をいらないらしい。
さらに驚きなのは、びっくりしていたのは僕だけだということだった。
夏休み、僕がひきこもっている間にも、この世界は変化していた。
* *
「ってわけよ! 最先端じゃね?」
部室での僕の熱弁を、シマネは「去年からあるじゃん」と一蹴した。どうやら都会の方だと、ずっと前から普及していたらしい。全然知らなかった。
シマネコウダイは僕と同じクラスで同じ部活。高校生活を生き抜くために、切れ者の友だちは実にありがたい。
僕はシマネのルーターのWi-Fiに勝手に乗って、ニャオンアプリを検索してみた。すると簡単に見つかった。レビューを見てみる。☆2.7。
「電車に乗ろうと思ったら残高不足でエラーとか恥かいた」
「俺のスマホに対応してない。最悪」
「使ってないのにお金が抜かれる。だから中韓アプリは危険」
なるほど、って僕は思った。だいたライフラインたるアプリはレビューの評判が悪いものなのだ(ここなどを参照)。予感は確信に変わった。
これは最高のアプリだ。
インストールもすぐだったし、シマネに教わった設定も大したことなくて、あとは帰りのバスで試してみるばかりとなった。
バスに並ぶ列。みんなスマホをいじったり、イヤホンで何かを聴いていたりする。この中で、今日からニャオンを使える選ばれし者は、この僕だけなのだ。神様がひとりひとりの属性をデータベースで管理しているとしたら、今日僕のニャオンのマスはNOからYESに変わったのだ。そう思うと行きの自分よりも3cmぐらい身長が伸びた気がした。
時間通りにバスはやってきて、僕は入口の猫ステッカーにスマホをかざした。
「ニャオン!」
こうして僕のスマホにも、電子マネー「ニャオン」が上陸したのだ。
それからはあっという間だった。9月半ばまでの間に、ほとんどの住民はニャオンでバスに乗車するようになった。バスに乗って隣町の駅まで出ないことには、この街からはどこへも行けないのだ。バスはつまりライフラインのひとつだった。
そのライフラインの中に、ニャオンという新しいメンバーが加わった、ということだ。
やったぜ。まどかに自慢しよ。
* *
「なあ、ニャオンって知ってるか? 今めっちゃ流行ってるんだぜ」
僕がいくら熱弁しても、まどかはスマホから顔も上げない。せっかくこの街からろくに出ることもないまどかに、世間の流行を教えて差し上げようとしているのに。
ところが画面を覗き見たらまどかはなんとニュースを英語で見ていた。まどかは画面から目を離さないまま言った。
「知ってるよ。ママがパートしてるお弁当屋さんでも使えるし」
「そ、そうなの?」
公民館の吹き抜けに、僕の声が変に響いた。世間知らずはこっちの方だった。
「バスでも電車でも使えるし、駅前ならゲーセンでも本屋さんでも、駅ビルに入ってるお店ならだいたい使えるよね」
「バスなら知ってるよ」
「バスだけかよ」
まどかは隣の家に住む中3。僕のいっこ下だ。
YESかNOかしかなくて、中途半端がないまどかは、勉強をすればちゃんと吸収するし、部活もずっとレギュラーらしい。
そんなまどかに僕が勉強を教えてあげることになってしまった流れはよくわからない。去年、僕がこの街から都会の方に出て高校に進学したのは珍しかったらしい。いつの間にか親たちの話が盛り上がって、土曜日の午後は僕がまどかの家庭教師ということになってしまっている。
だから今こうして公民館にいるわけなんだけど、ぶっちゃけまどかは僕より優秀だった。勝手に勉強するまどかに、僕が教えるようなことなんか正直あんまりない。
だからこうしていつもおしゃべりばっかりしている。しかしそれでも本人は構わないらしい。
「でもさー、なんでもニャオンになるとか、つまんないよねぇ」
ってまどかは言う。
「そんなことないっしょ。便利だよ、小銭出さなくて済むし、両替もいらないし、早いし」
「それぜんぶバスの話じゃん」
「バスでしか使ったことねぇんだよぅ」
「現金はいいよ~。無駄遣いしなくていいし、ちゃんと持っておけば消えたり盗られたりしないし」
「ニャオンだって盗られたりしないでしょ」
「ほんと? あたし信じない」
「そんなことより勉強、勉強」
「どっちが話ふってきたんだか」
そう言いつつも、ちゃんと数学のワークを開くまどか、家庭教師の生徒としては本当にいい。ラクだ。当たりだ。
家庭教師としては、って自分で言ってから、僕はなんだか急にわからなくなった。
自分とまどかの間に、他の「として」なんてない。
ないくせに。
* *
3年生が引退すると、部活は1年と2年だけになった。LINEでは「DK男子卓球部2017年[現役]」っていう新しいグループができて、今までおとなしかった2年生がはっきりと態度を変えるようになった。部の活動に関係ないような話も増えた。内輪の話もグルチャでたくさん届くようになって、スマホの通知欄が崩壊した。
金曜日の夜、眠ろうとしたとき、2年生の先輩からこんなLINEが届いた。
「ニャオンのコード、友だちに送るやりかた誰か知らん?」
ここでいう「誰か」っていうのは、要は1年生の誰か、ということだ。
「わかります!」
反応したのは、僕と同じ1年生のバリーだった。米屋の息子でわがままバディな体型だから最初はふざけてバリーと呼んでいたけど、今や本人がそれをLINEのスクリーンネームにしている。
「はよ!」っていうスタンプ。バリーは手順を割と手際よく説明していった。僕はそれを見守っていた。先輩やバリーの目線からは、たくさんの既読が増えていくのがリアタイで見えたに違いない。
誰がどう考えても、その手順でつまづくことなどないはずだった。ニャオンのコード送信など簡単なのだ。でも先輩は手こずっているようなリアクションをする。
「スクショ送って」
と先輩は言った。
その直後に、ニャオンのコードが書かれた画像が現れた。
あれっ?と僕は思った。またスマホが鳴った。今度はグルチャではない。シマネからのこちゃだった。
「これヤバくね」
とシマネ。
僕が返信に迷っている間に、シマネは手際よく、僕、シマネ、バリーの3人のグルチャを作った。特に仲良くはなかったけど、ここは同じ1年生同士だから、ってことらしい。
3人だけのグルチャで、シマネは言った。
シマネ:「バリー、ニャオンの残高教えて」
バリー:「えっと、516円」
シマネ:「最近ニャオン使った履歴出して」
バリー:「えっと、4分前。150円」
バリー:「あれ、やっぱおかしい」
シマネ:「バリーが部活のグルチャに上げたコードで、誰かが買い物したってことだ」
バリー:「まじで…」
バリー:「先輩…?」
シマネ:「先輩とは限らない。っていうか、たぶん誰だか突き止められないと思う。あのコードがあれば、誰でも買い物できるから」
バリー:「そうなのか…油断してた」
シマネ:「たぶん今回は、諦めるしかないと思う。次から、ちゃんと自衛して」
シマネ:「俺も、できることがあったら手伝うから」
自分「わかったけど、どうして150円しか使われなかったんだろう」
シマネ:「それはね、」
シマネ:「もし残高が足りなかったら、バリーに警告がいくから」
シマネ:「残高はふつうわかんないから、少額で試してみたんだろう」
シマネ:「それと、1000円を超えると決済音がニャニャオンになって、10000円を超えるとニャオーーンになるだろ」
シマネ:「たしかそれに応じて、段階的にセキュリティがかかるんだよな」
シマネ:「どの点でもその場でバレにくいのは1000円以下だった」
sokyoさんの作品を私ごときが添削しようなんて分不相応もはなはだしい(赤面)。
円を信頼していたまどかちゃんが円に殺されてしまうほうが、衝撃的だし、円が忌避されるきっかけとして効果的だと思ったのですが、あざとすぎかな。
ともあれアホのトウシロが何かえらそーに言うてるわと笑ってご放念くださいm(_ _)m
いわれてみれば…!!
園田正一の再遊戯
僕の人生が変わったきっかけはささいなことだった。
両親が離婚して母さんに引き取られて育った幼少期。
当時の僕は6歳ぐらいだっただろうか。
ずっと使っていた炊飯器が壊れて、買いなおす余裕もなく、忙しい仕事の合間を縫って(早起きしたりして)鍋でご飯を炊いてくれる母さんの背を見た。
パン食や麺の献立も当然増え、お米大好きな僕としては少し不満があった。もちろんそれを母に言えるわけもない。
だって母さんは、そんな中でも一生懸命僕を育ててくれてたんだから。
そんな時期、たまたま目にした雑誌の懸賞に炊飯器が掲載されていた。
炊飯器メーカーのキャンペーンか何かの企画だったのだと思う。
母さんが寝ている合間にこっそりと携帯電話を借りて応募してみた。
見事に当選し、携帯を勝手に使ったことは窘められたけれど、母さんを喜ばすことができた。
味を占めた僕は、――それからはちゃんと母さんの許可を取り――様々な懸賞に応募した。
だけど、結果は惨敗。
どうにかして母さんの助けになりたい僕は、本屋に行って様々な懸賞を手当り次第に探した。
宛先や記入必須事項なんてメモしていると目立つから暗記して帰った。
それでもほとんどが外れ。
通信料しかかかっていないから(手間を除くと)損はしていないけれど、見返りがなんにもない。
そこで気付いた。普通の懸賞なんて応募しようと思えば誰でも出来る。
誰にでもわかる穴埋め式のキーワードを記入するか、僕には手に入れられない応募券を張るか。競争率が半端ない。
考えた僕は自然と懸賞付きのパズル系雑誌に移行していった。
難易度の高いパズル雑誌の問題だったら、競争相手が少ないはず。
それに気づいてから、当選率は幾らかマシになった。
そして、僕自身、パズルやゲームの才能があるということに気付いた。
たまたま、超難問という(応募締切までには)ほとんど誰にも解けない問題を掲載している雑誌の問題が解けてしまったのだ。
半年間、超難問を続けざまに解いて合計で6つの高額商品をゲットしたが、その雑誌は超難問の企画を止めてしまい、僕はまたライバルが多数居るそこそこ難しい問題への応募をする羽目になった。
代わりに、政府の秘密機関の偉い人とかいうおじさんが尋ねてきた。
当時の僕はまだ、小学生。
「園田正一君、君には特別な学校に行って貰いたい。転校ということだ」
「どうしてですか?」
「それは新しい学校に行ってから説明する。お母さんには既に話しているが、君が特別な学校に行ってくれれば、政府……国から、君のお母さんが今稼いでいる給料の何倍ものお金が君のお母さんに渡される」
そういわれると、僕は頷くしかなかった。
全寮制だけど、休暇には帰って来れるし、何よりも母さんを楽にさせてあげられるんだから。
新しい学校では普通の授業の他に、戦略シミュレーション、戦術シミュレーションという科目があった。
初めはゲームのようで面白かったけれど、次第にそれは戦争に関することだとわかり怖くなった。
だけども、全校生徒合わせても数十人しか居ないその学校の生徒の中でいつも成績がトップだった僕は、全力で課題に向き合った。
成績が良ければお母さんへ特別ボーナスが払われるということだったのだ。
中学生になるころには、僕はごく普通のサラリーマンが一生掛かって稼ぐ金額以上のお金をボーナスとしてお母さんに受け取って貰うことになった。
そんな時、ひとつ上の学年の友達――僕の学校では、一応学年毎に授業が行われているが、そもそも生徒数が少ないのでみんな顔見知りだし、性格が悪い人も居ないので仲が良い――が僕にそっと囁きかけてきた。
「園田君、知ってるか? 今、地球は異星人からの攻撃を受けているらしい」
「え? まさか?」
「僕のお父さんは政治家で、たまたま家で誰かと電話しているところを聞いたんだ」
「信じられないなぁ」
「最近やたらと月へのロケットが発射されてるだろ? あれは国際連合宇宙軍を派遣しているんだって」
「そういえば、ロケットの発射は良くニュースになってるけど、太陽系外の調査だって……」
「発表ではそういうことにしているんだって。でも現実は違う。今は地球軍も優勢に立っているけど、いろいろ覚悟しておいたほうがいい。それと……」
「それと?」
「君にプレッシャーを与えるわけじゃないけど、話さずにはいられない話なんだ。最近戦略も戦術もシミュレーションの授業が多くなってないか?」
「それは学年が上がったからじゃないの?」
「でも、そもそも僕らは何のためにあの課題を受けているんだろう?」
そういわれて、僕は最近知った古いSF小説の筋書きを思い出した。
「まさか、僕らのシミュレーション。実際に、その宇宙軍を動かしている?」
「これは、他の友達、そいつの親父は自衛隊の偉い人なんだけど、そいつが言ってたんだ。こっそり親父のパソコンを覗いたら、自分が課題で実行した作戦とまったく同じ経緯で宇宙軍が勝ったという戦いの資料があったって」
「でも、僕らの課題なんて……戦略的なのは事前に練るからいいとして、戦術レベルだとリアルタイム性が要求されるでしょ? でも僕らが課題をやっている時間なんて、精々夕方ぐらいまでだし。それ以外の時間には戦争は起きていないってこと?」
「俺達と同じように、戦略や戦術に秀でた能力を持つ人間を集めた学校が世界中にあるらしいんだよ。世界の誰かが課題として軍隊を動かしているんだ。その可能性はひどく高い。と思う」
「そんな! どうして僕らみたいな子供に頼ってるの? 大人のほうが知識も経験もあるからもっと上手く戦えるはずなのに」
「大人たちは、下手に知識をつけすぎていたらしい。それが異星人に研究されていて、大人が立てた作戦は大体失敗に終わったらしいんだ。そこで真っ白な状況から新しい戦略や戦術を立てられる人材ってことで、僕らみたいに頭のいい子供が集められたってわけさ」
「信じにくいけど、可能性としてはあり得ない話じゃないと思う。どっちにしろ僕にできるのはいつもどおり課題を上手くやり遂げるだけ」
「そういうと思った。だけど、次の課題……、わかってるだろうな?」
既に発表されている次の戦略シミュレーションの課題。
それは架空の星が異星人の猛攻撃を受けて、それを如何に撃退するかという星の運命を掛けた作戦になっている。
戦略なので、まだ実際に宇宙軍が動くわけではない。
それに僕だけじゃなく他の生徒も、ひょっとしたら世界中の僕たちみたいな子供が同じ課題で戦略を立てるはずだ。
僕の案が採用されるってわけじゃない。
仮に僕の案が採用されたとして、今聞いた話が全部本当っていう証拠はない。
だけども、実際に課題に取り組んでみると、今までとは段違いのプレッシャーを感じる。
それでも僕はなんとか課題をやり遂げた。
それから、数日後。
戦術シミュレーションの時間がやってきた。
その自軍の配置を見て、僕は数日前に自分が立てた戦略に思い当った。
ひょっとすると、僕の戦略が採用され、そしてその通りに戦況が進んでいったのかもしれないと思ってしまうほどに。
教官がいつもとは全く違う雰囲気で重々しく僕らを見ながら説明を始めた。
「これからの戦術シミュレーションは、卒業課題のようなものだと思ってくれていい。今までは個々にバラバラの課題に取り組んでもらうことが多かったが、今回は……、それぞれ別艦隊の指揮を取ってもらうことには変わりないが、それぞれの率いる艦隊は、大きな……そうだな、地球上のあらゆる国の宇宙軍が集まった組織だと考えてくれて構わない。
全体の戦況は中央のスクリーンにリアルタイムで映し出されている。
まあ、卒業試験だとは言ったがいつもどおり、気負わずに個々の力を発揮してもらうことを願う。以上だ」
それだけを全員に向けて発言すると、教官が僕のところにやってきた。
「園田君、普段の君の成績から判断して君には総司令をやってもらうことになっている」
「そうみたいですね」
僕は、できるだけ自然にそう答えた。
「他のメンバーに指令を送ることもできる。今まで別艦隊はコンピュータが担当していたが、それが他の生徒に置き換わっただけだ。やれるね?」
「はい、卒業試験。無事合格できるように頑張ります。もちろん自信もあります」
それを聞いて教官は頷き、静かに教壇へと戻って行った。
敵勢力が動き出した。
中央の主力、左右の両翼、上下の艦隊。
全てが、一斉に突撃してくる。
その勢いを止めるため、僕は対策を練る。
防御力に長けた艦隊を前に出し、別働隊を組織して敵の急所を嫌らしく攻撃するように配置する。
僕の指揮下に置かれた艦隊は、一緒にこの場で課題に取り組んでいる生徒が担当している艦隊も、そうではなくコンピュータが担当していると説明を受けている艦隊も僕の意図を察して効果的に動いてくれた。
ひょっとすれば、コンピュータが担当している艦隊もこの場に居ない外国の誰かが動かしているのかもしれない。
僕の指揮によって、次第に敵の戦力は失われていく。
十中八九勝った……。そう思った、その時だった。
意図しない別艦隊が現れ、僕らの守るべき母星を目がけて突撃してくる。
どうにか対応しようと手を打ったが、時すでに遅し。
敵は大気圏突入を果たし、母星への攻撃を始めてしまった。
ここは地下に造られた課題専用の特別教室だが、もしここがシェルターの役割を持っているとしたら?
地表では、実際に異星人の攻撃を受けているとしたら?
想像するだけで、鳥肌が体中を覆った。
教官がふいに手を叩く。
「よくやってくれた。これで卒業試験は終了だ」
生徒たちの顔色は浮かない。
だって負けてしまったんだから。
特に、僕にあの情報を教えてくれた先輩や、他にも裏事情について何か知っていそうな特別な環境にある生徒たちの顔は青ざめている。
その時先輩の一人が声を上げた。
「あの! 教官! これって、ほんとうに課題なんですよね!? 僕らが実際に異星人の侵略から地球を護って指揮をしていたなんてことはないですよね?」
「そうか、そういう噂が流れているのか。まあ、君たちもここを離れる身になる。今後一切情報を他に漏らさないと約束してくれるなら真実を話そう」
生徒の全員が了承する。
そして教官が語り始める。
「確かに君たちは優秀な戦略家であり、戦術家であった。それは事実だ。だけれども大人を舐めてもらってはいけない。実際にシミュレーションの結果の上とはいえ、君たちは世界中の優秀な戦略家、戦術家の指揮する”地球軍に負けてしまった”のだから」
「どういうことですか?」
思わず僕は声を上げた。
「実は地球から侵攻可能な距離に、異星人が文明を築いている惑星が見つかった。そこに地球軍が侵攻するにあたって、君たちのような優秀で、既存の戦略や戦術に囚われない若い才能がシミュレーション相手に選ばれたのだよ」
「僕たちが戦っていたのは、あくまでシミュレーションの上でのこと? そしてその対戦相手は実際の地球人の大人ってことですか?」
「そういうことになるな。敵は異星人だ。どんな知能を持っているかわからない。だが、おおまかな敵の戦力は判明している。万全を期して今回君たちが戦った艦艇の数倍規模での攻撃が行われるだろう。といっても準備にはまだ数年以上かかると思われるがね。
君たちが希望するのであれば、艦隊を指揮する立場として軍に入ってみるといい。今の実力でも十分通用するだろう。それと同時に上には上が居るということを知ることにもなるだろうが」
園田正一(えんだ しょういち)、14歳。
いろいろ終わらせるには、僕はまだまだ経験不足、納涼不足だったようだ。
それに、地球を護るためならまだしも、他の星を攻めるためにこれ以上大人たちに協力する気にはなれない。
幸いにして、十分以上の額の報酬を得たことでもあるし。
高校を卒業したら、小さな喫茶店でも開いて、のんびり余生を楽しむことにしよう。
働かなくたって生きていけるぐらいの大金を持った上での喫茶店経営。
無駄に贅沢さえしなければ、これほど簡単に勝てる勝負(ゲーム)はそうそうないだろう。
(了)
三作目ありがとうございます!
積極的に参加してくださってうれしいです。
お恥ずかしいことに、かなり後のほうまで主人公の名前はソノダ君じゃなくてエンダ君なんだ、ってことに気付かず。
素直に読みやすく、元ネタを知らなくても楽しめそう。
欲を言えば、そつなく綺麗にまとまりすぎて、結末がちょっと物足りないです。もう半回転ひねりくらいあってくれるほうが私はうれしい(欲張りめ)。
sokyoさんの作品を私ごときが添削しようなんて分不相応もはなはだしい(赤面)。
2017/10/03 18:21:45円を信頼していたまどかちゃんが円に殺されてしまうほうが、衝撃的だし、円が忌避されるきっかけとして効果的だと思ったのですが、あざとすぎかな。
ともあれアホのトウシロが何かえらそーに言うてるわと笑ってご放念くださいm(_ _)m
いわれてみれば…!!
2017/10/05 20:54:03